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甲府地方裁判所 平成8年(わ)226号 判決 1997年7月08日

主文

被告人は無罪。

理由

一  本件公訴事実

被告人は、Bらと共謀のうえ、平成七年一〇月一五日午前二時四二分ころから同日午前三時一〇分ころまでの間、山梨県八代郡石和町広瀬一三七四番地の三五先交差点から同県甲府市国母七丁目一二番一号先交差点に至る道路において、被告人らの運転する普通乗用自動車三〇台及び自動二輪車約三〇台を連ね又は並進して進行し、この間、同日午前二時五五分ころ、甲府市青沼三丁目五番四四号付近道路を朝気一丁目方面から国道三五八号方面に向かい進行するに当たり、同所付近路上を一団となって並進し、一部は道路右側部分を進行し、折から対向して進行中のC運転の普通乗用自動車外一台に対し、右Cらをして衝突の危険を感じさせて道路左側端に寄せて停止の措置を取ることを余儀なくさせるなどし、もって、共同して、著しく道路における交通の危険を生じさせるとともに、著しく他人に迷惑を及ぼす行為をしたものである。

二  被告人の自白を除いて認められる事実

関係証拠によれば、公訴事実記載の日時・場所において、公訴事実記載のいわゆる暴走行為がなされた事実は明かであり、その暴走集団の中に被告人が使用する普通乗用自動車トヨタクラウンマジェスタ(山梨《略》)が、集団とともに暴走行為に参加して走行していた事実は明かである。また、同車両等の暴走行為を追跡、撮影したビデオテープの午前三時一一分一八秒における状況を解析した結果によれば、同車両には、助手席と後部座席に人影らしきものが認められ、運転手も含めて三名以上の者が乗車していた可能性も認められるものの、乗車人員の総数やその性別等を判別できるほどの解析は得られていない。

以上の事実から、被告人自身が右車両を運転し、助手席と後部座席に同乗者を乗せて暴走行為に参加していたのではないかとの嫌疑は十分認められるところである。

三  被告人の捜査段階における供述等について

この被告人自身の運転によるという点に関し、被告人は、捜査段階において、「被告人が同車両を運転し、D子、E子を同乗させて甲府市内をあてもなく車を走らせていたところ、暴走族の集団に遭遇し、一緒に走ってしまった。」旨供述し、その走行経路等についても具体的な供述をなし、その旨の司法警察員に対する供述調書が平成七年一二月一三日付けで作成されている。その供述調書作成の経緯で捜査官による自白の強要等の違法捜査がなされた疑いは認められない。また、同乗者とされるD子は、平成七年一二月一三日付のその旨の上申書を作成し、警察署長に提出し、E子も被告人の供述に副う内容の供述を翌一四日なしていた事実も認められるが、右上申書等は犯罪事実認定の証拠には供することができない。

被告人は、翌年三月一四日に実施された行政処分についての聴聞手続においても右供述を維持し、一年間の免許取消処分を受け、その後、略式命令に応ずる旨の手続をとり、平成八年四月四日略式命令を受けた後に正式裁判の申立をなし、次のとおりの供述を当公判廷で行うに至った。

四  被告人の公判供述内容の要旨

被告人は、本件当日、自分の車両をE子、D子の両名に貸した。D子が同車両を返しにきた際に、暴走族と共に走ってしまったことを告げ、警察には言わないでと言われたことから、警察から事情聴取を受けた際、自分が運転していたとの供述をなしてしまった。走ったコース等は、取調官が持っていた図面を見て、それを参考にして供述した。行政処分についても運転免許が取り消されてもしょうがないと思ってそのままにしておいたが、略式命令を受けた後「D子が庇ってくれなくてもよかったのに」といったことを言っていると聞いたので、本当のことを言うつもりになった。

五  捜査段階で同乗車とされていたD子の証言要旨。

本件当日、自分はE子とAの車を借りてドライブしたり、食事をしたりし、その途中で暴走族の集団に出会った。出会った場所や、走ったコースはほとんど記憶がないが、自分が運転して暴走行為をなしたことは間違いない。Aからは車を借りただけで同人は一緒には乗っていない。途中で後輩を二人(うち一人はF子という名前)乗せた。「Dポット」のところでフラッシュなどがたかれていたことは、記憶している。Aには、警察に聞かれたら言わないでといった記憶で、はっきり身代わりを頼んだものではない。免許停止九〇日の行政処分を受けた後、検察官から改めて事情聴取を受けた際、最初は本当は自分が運転していたと言ったが、免許取消になってしまうことが怖くて、再び、Aが運転していたとの供述をなしてしまい、その旨の供述調書に署名してしまった。

なお、同人が免許停止処分を受けた際の聴聞手続は、平成八年四月五日になされている。

六  同乗していたE子の証言内容の要旨

本件当日Aから車を借りてD子とでかけた。その後の行動については、はっきりした記憶がない。D子が運転し、暴走族と一緒に走ったと思うが、どこを走ったか、誰かを乗せたかなどについては覚えていない。警察官にAが運転していたと供述したのは、AがD子をかばって自分が運転していた旨警察官に言っているのを知っていたからである。その後検察官に事情聴取を受けた際には、Aが運転していなかったことは言っている。D子が「庇ってくれなくてもよかったのに」といったことを言っていたので、二人で本当のことを言おうといって、検察庁に行った。調べの後で聞いたら、D子はまた嘘をいったようだった。その理由を聞いたら、D子は「罪がなんたらかんたらと言われて、怖くなって、やっぱり本当のことが言えなかった」と言っていた。三人で集ってこのことについて相談したことはない。

七  総括評価

以上の通りの証拠関係で、結局、当裁判所は、被告人が本件当日、当該車両を被告人が運転し、暴走行為に参加していたとの確信が得られないので、犯罪の証明がないものとして被告人に無罪を言い渡すこととするが、その詳細は以下のとおりである。

前記のとおり、本件の略式命令に至るまでの証拠関係によれば、被告人が本件車両を運転し、本件暴走行為に加わったものと十分認めうるものと考えられなくもなく、前記の乗車人員が仮に三名と確信を持って認定できるならば、被告人の捜査段階における自白供述がより真実に合致するものとも評価しうるということになるが、解析結果の写真も不鮮明で乗車人員を確定するまでの明確さは無く、D子の公判供述も成り立ちうることとなり、また、被告人らが仮に供述内容について打ち合わせをしていたとするならば、E子の公判供述は曖昧に過ぎるとも評価できる。

そこでD子、E子の各証言の評価をすることとなるが、D子、E子の両名ともに捜査段階における供述と異なる前記内容の証言をなすところ、右証言内容中には検察官が指摘するような車を貸した際の状況、途中同乗車の有無等の食い違いが認められ、また被告人自身の供述とも必ずしも合致するものではない。また、右両名の友人のG子の証言内容も被告人らの各証言とは矛盾する内容となっている。しかしながら、それらの食い違い等は証言自体の信用性を全く否定せしめる程度のものではなく、むしろ右両名の証言態度に照らせば、その証言内容は記憶のままを特にあれこれ考えもせずに、各人各様に述べているとの評価をなしうる。また、右三名が特に打ち合わせをして捜査官に対し虚偽の供述をなし、それを公判廷において一致して覆すに至ったと認めるには、その証言内容が単なる打ち合わせの不十分なことから齟齬を来したとするには、前述のとおりE子供述の内容が曖昧に過ぎる。右供述内容を変更するに至った事情、経過についての証言内容は、特段不自然な点は認められない。特にD子と被告人のいずれが運転していたかについて証言することについて、両名のいずれにも特段の利害関係を有しないと認められるE子の証言するところは一応の信をおくことができると評価できる。また、被告人が結局は本件を否認するに至った理由として述べるところも、各手続がなされた日の経過に照らし不自然ともいえず、むしろ犯人隠避といった他の犯罪の成立の危険を弁護人から指摘されながらも結局正式裁判の手続に至ったことからみれば、被告人の公判廷における供述を一概に排斥することは出来ない。

D子の検察官に対する供述調書は、なるほど被告人が本件車両を運転していた旨を供述する内容となっているが、同人は本件車両を自分か被告人のいずれが運転していたかについて供述することに直接の利害関係を持っていたものであり、検察官に対する供述が公判廷における供述より信用できると認めるに足る外部的付随事情も認められず、これを犯罪事実認定の証拠として採用することは出来ない。

免許の取消しもあり得る暴走行為への車両を運転しての参加を、さしたる理由もなく捜査官に自白することは、通常考えにくいことであることからすれば、本件車両の運転を被告人がなした疑いそのものを完全に払拭することはできないものの、前記のごとき本件の各証拠の評価からすれば、D子が本件当日、本件車両を運転し、暴走行為に参加していた可能性を排除できず、被告人が本件公訴事実をなしたとの確信を懐かせるに足る証拠は結局はない。

以上のとおりであって、結局本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡しをする。

(裁判官 沼里豊滋)

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